スタッフ野田です。
私はビリヤードを始めてしばらくの間、「どんな難球でも入れ倒してやる、ポジションなんてそれほど重要じゃない、的球が見えればそれでいい」と思って、ひたすら入れることだけを練習していました。コースさえあればどんな難球でもチャレンジしていたのです。厚みだけに100%集中すればそれなりに的球は入るもので、球仲間からは「キカイダー」とあだ名を付けられたりしました。
これはこれで、的球を入れる力(シュート力と呼ばれます)だけでどこまでの事ができるかを知るためにはいいかもしれません。
しかし人間の能力には限界があり、難球ばかりそうそう続けて入れられるものではありません。
初心者の方は世界チャンピオンクラスの人達ならどんな球でも入れられると思われているかもしれませんがそんなことはまったくなく、穴前の球でもなければジャンプやカーブ、空クッションなどで的球をポケットすることは至難の業なのです。
たとえば、こんな配置はどうでしょう。
的球はフットスポット、手球はヘッド側の短クッション中央にあり、この配置で的球を左右どちらかのコーナーへ狙う単純なカットショットです。もしかしたらこんな配置を練習した方がいらっしゃるかもしれませんね。しかし世界チャンピオンでもこれを100%入れることはできません。
前述の通り私も当初はシュート力を上げることのみに努力していましたが、上級者の人が鮮やかに手球を操ってポジションするのを見て、難球を100%入れることは不可能で上手くなるためには難球にならないようにするための技術が不可欠だと気付いたのです。
難球を入れる技術(シュート力)はもちろん大切ですが、難球にならないようにする技術(ポジション力)も同じくらい重要で、いわばこの2つは車の両輪のようなものです。
ナインボールでブレイクして的球が1個入り1番が見えたとして、残り8個をポケットしてマスワリできる可能性がどれくらいあるか考えてみましょう。
ポケットできる確率が平均80%なら、0.8の8乗=0.167・・・ つまりマスワリ成功率は17%くらいとなります。きびしいポジションを続ける入れポン・ネキなしビリヤードでは、これくらいが限界でしょう。ポケットの確率を90%に上げれば、0.9の8乗=0.430・・・マスワリ成功率は43%、ほぼ2回に1回近くマスワリできる計算になります。プロレベルの人が取り切りにいった場合、だいたいこれくらいの確率ではないかと思います。
ここで考えていただきたいのは、初心者の技術を10%上げるのと、上級者のそれを10%上げるのはまったく別次元の話だということです。つまり上手くなればなるほど練習量に対する上達の度合いは少なくなるということです。
ボウラードで例えると、平均30点の人が平均33点になるのと平均200点の人が平均220点になるのでは必要とされる練習量がまるで違います。これは程度の差こそあれ、どんなスポーツでも同じだと思います。
手球をポジションするという技術がいかに重要かを示す例を挙げてみましょう。
8番から9番にポジションする配置です。
↓
8番のフリが少ししかないので手球を大きく動かすことが難しい配置です。
少しあるフリを利用して9番にポジションするには下記のような方法があります。
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上級者ならこのように引く・押すなどして9番に出して取りきることができますが、どの方法も簡単ではなく手球を強く撞く必要があるために入れポンに比べて8番を入れる確率は下がります。
しかし入れポンで8番を100%取れても、そこから9番をポケットできる確率が低ければ何にもなりません。8番を入れポンすれば9番は非常に薄いカットかバンクになってしまいます。
仮にその場合の9番を取れる確率を50%としたら、8番が100%なので全体として取り切りの成功率は50%ということです。
一方、8番の確率が80%に落ちても、ポジションして9番の確率を80%にできるなら取り切りの成功率は0.8×0.8=64%となり、結果としてポジションした方が取り切りの成功率が高くなります。
これはポジションの重要性を説明する例として挙げましたが、ポジションするためにポケットの確率が大幅に低下しては本末転倒です。この例でもし8番を取る確率が60%に落ちたら成功率は0.6×0.8=48%となって、ポジションしようとしたために成功率が低くなってしまうことになります。
手球を大きく動かそうとしてポケットに失敗するというのは、上級者でもよく見られるミスの代表的なものです。押し、引き、ヒネリをかける、あるいは強く撞こうとすればするほどミスする可能性が高まるのは自明の理であり、どこに妥協点をもってくるかが重要になります。
これは先ほどと同じような配置で、7番から8番に出したいのですが、手球に9番が近接しているので球越しの難しいショットになっています。引くことも弾くこともできず、ポジションは押しのコースしかありませんが、キューを立てるため強い押しをかけたら7番をポケットできる確率は大幅にダウンしてしまいます。
この場合、ヘタなことはせず7番は入れポンしておき、8番をバンクショットで狙うなりした方が取り切れる可能性は高いでしょう。
ここでちょっとスタッフ野田の思い出話のコーナーです。
私が以前ホームにしていたビリヤード場のマスターは、ビリヤード歴は数年ほどですが毎日のように練習してシュート力には絶対の自信を持っていました。プロや上級者ともよく一緒に撞いていたのですが、ある日私にこんなグチをこぼしました。
「みんな俺の事を『よく入れるね』とは言ってくれるけど、決して『上手いね』とは言わないんだよなあ」
ポジションには定石(パターン)のようなものがあり、千変万化するビリヤードの配置では創意と工夫、ヒラメキなども必要とされる時がありますが、多くの場合、経験により自然と最善の方法を選べるようになります。
あるプロがこんなことを言っていました。
「手球のポジションには危険を察知する能力が必要だ。経験を積むといろいろな危険が事前に見えてくる。」
的球を外す危険、手球が別のボールに当たる危険、ネクストボールが見えなくなる危険、フリが逆になる危険・・・ どのような危険があるかを見極め、それらを総合的に判断して最善策を導き出す能力は、経験によるところが大きいのです。
入れポンビリヤードでも、シュート力があれば上級者に勝つことがあるかもしれません。しかしそれは決して「上手い」ビリヤードではなく、勝てば官軍といっても一夜天下ではしかたがありません。
シュート力とポジション力、そして体力と精神力、これらがいい状態で結集すると、いわゆる「ビリヤード・ハイ」の状態となります。「今日はよく球が見える」と表現したりしますが、ビリヤード歴の長い人なら何も考えなくても勝手に身体が動いて的球は入り、手球は出るという状態を経験したことがあると思います。それは蓄積した知識と経験のなせる業なのです。
ビリヤードは「手ごたえ」で覚えます。このブログを読んでいただくこともありがたいのですが、目で見て(読んで)覚えたことを、実際に撞いて自分の経験としておいてください。そうしなければ、いざというときに役に立ちません。
市販のビリヤード教本も役に立つ知識が満載です。